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カシオペアの向谷実がJIS規格を逸脱したレコードを作っていた話

フュージョン系のバンド、カシオペアの向谷実さんが、NHKのAMで6月25日に放送された「カルチャーラジオ 日曜カルチャー」という番組の中で、アナログ・レコードのカッティング(盤に溝を刻む工程)についての興味深い思い出話を披露されていたので、その部分を書き起こしておきます。

で、これは、言ってよいのかどうかわかんないですけど。あの、レコードでFMとか、かけてもらうんで、ある程度音圧を維持したいわけですよ。まぁ、もちろん持ち上げてはくれるんですけど。

どうしたかって言うとですね、「針飛びしても責任はあなた方が負います、いいですか」っていう念書を書くんです。「JIS規格上はこれはもうダメだけど、このLPを出しても、この音圧で出したかったら、あなた方が責任を持つんだったらカッティングしてもいいですよ」っていう、カッティング・エンジニアとカッティング工場とアーティストの間で念書を交わすんです。

ありえないでしょ?そんなことあったんです。ねぇ。僕が生きてる間にこのへんの話いっぱいしようと思ってるんですけどね(笑)。

FMラジオでかかったときに他の曲よりも目立たせるために、JIS規格に適合しないカッティングでレコードを作って、大きな音が鳴るようにしていた、という話です。どの作品の話なのか具体的な言及はありませんでした。言われてみれば当然のことですが、レコード盤にもJIS規格があって、それが日本製のレコードの聴こえ方に影響を与えていたというのが驚きでした。

この思い出話が披露されたラジオ番組「カルチャーラジオ 日曜カルチャー」は、各界の有名人がテーマに沿って話をする番組で、この回のテーマは「人間を考える 私の大切にしているもの」。向谷実さんが大切にしているのは「とことんこだわる事」だそうで、とことんこだわって仕事をしてきた結果、今はトレイン・シミュレーターや駅の軽量型ホームドアを作っていますよ、というような内容でした。

1985年に個人会社を立ち上げ、当時3000万円する48トラックのテープ式デジタル・レコーダーを従量制(1時間3000円)で貸し出しする「富山の置き薬」式の事業を始めて、これが大当たりしてボロ儲けしたが、ボロ儲けしている間にデジタル・レコーダーを高額で売り抜けて(数年後にハードディスク・レコーディング時代が到来し、買い取り価格は暴落)、それを元手に鉄道関連の事業に業態を変化させていったそうです。

『Purple Rain Deluxe』を聴きました

とにかく未発表曲や未発表バージョンが11曲入ったディスク2「From The Vault & Previously Unreleased」。これです。

なかでも10曲目の「We Can Fuck」が圧巻です。個人的には今回の4枚のディスクの中にこれ1曲しか入って無かったとしても許せるくらいに震えました。1990年リリースのアルバム『Graffiti Bridge』(以下『GB』と略)に入っている「We Can Funk」の原型的なバージョンで、『GB』版はGeorge Clinton率いるP-Funk軍団とのコラボレーションでしたが、今回収録のものはプリンスがほぼすべての楽器を演奏していて、よりシンプルで生々しいバージョンになっています(ちなみに昔からブートで広く流通しているのは、86年録音の別バージョンです)。

ドラムマシン導入以前を思わせるプリンスらしいドタバタした生ドラムのビートが素晴らしくファンキーて、そこに逆再生エフェクトをバシバシに効かせたプリンスのボーカルが、時に静かに、時に激しく、時に囁くように、時にめちゃくちゃ激しく、様々なスタイルで歌います。このバージョンは10分18秒もあって、基本的には最初から最後まで同じ2小節のリフ(ギター?ウード?)が延々と繰り返され続けるファンクなんですが、曲の緩急のつき方がドラマティックで、飽きる瞬間がまったく無く、毎回聴き始めてから気付くとすぐに10分18秒が経過しています。

今回の83年録音のFuck版と90年再録音の『GB』版を比較しながら聴くと面白くて、『GB』版のバックトラックは分厚いサウンドに新しく作り直されているのですが、ボーカルに関しては、Fuck版の録音素材が『GB』版に多く流用されています(たぶん)。そういった流用の部分もあれば、歌詞も含めてカットされているパートがあったり、シンセのフレーズやコーラスの和音が新しく変わっていたり、両者を比較することでプリンスが何を目指して再録音したのかが見えてくるように感じられます。

例えば、『GB』版にはP-Funk勢が歌詞やメロディーを追加していて(I’m testing positive for the funk~ のくだりなど)、Fuck版と並べることでP-Funk勢がどこに何を入れて何を歌ったのかが明確になっています。プリンスは再録音にあたってタイトルや歌詞の中のFuckをFunkに変えるなどして表現を丸めているのですが、そこにP-Funk軍団がPeeがどうしたこうしたという歌を追加することで、別の方向に表現を尖らせていて、あらためてGeorge Clintonの凄味というか狂気というかを再確認することもできました。90年前後頃、プリンスは保管庫の中の古い未発表曲のマルチテープを毎日何曲も取り出してきては、自分が聴くためにミックスし直したりサンプリングして新曲に使ったりする作業にハマっていたそうで、『GB』版「We Can Funk」もそういった作業の延長線上に生まれたのだろうと思いました。

また、Fuck版のラスト4分は『GB』版や86年録音版には無い独自の展開になっていて、この部分については、ここに言葉を書き連ねて野暮に表現するよりも、実際に聴いてもらいたいですね。

「We Can Fuck」が録音されたのは1983年12月31日。映画『パープル・レイン』の撮影が全部終わったのがクリスマス頃で、その数日後です。前日の12月30日には「Erotic City」と「She’s Always In My Hair」を録音しているそうで、なんと神がかった2日間でしょう。

『Purple Rain Deluxe』、もちろん「We Can Fuck」に限らず、全ディスクの全収録曲が最高なので、是非聴いてみて下さい。