The Time 「777-9311」のドラムパターンはドラムマシンのプリセットだったらしい(追記あり)

1982年発表のThe Timeのセカンド・アルバム『What Time Is It?』に収録されている「777-9311」について、The Timeのギタリスト、Jesse Johnson(現在はD’Angeloのバンドに参加)がFacebookで衝撃の事実を明かしていたことを最近知りました。2014年3月の投稿です。

The Time の「777-9311」はプリンスのLinn LM-1(5,500ドルのドラムマシンで、これはThe Timeの持ち物じゃない)の中に入っていたストックのドラムビートだ。

このビートはDavid GaribaldiがRoger LinnのためにLinn LM-1の中にプログラムしたものだ。

電話番号はDez Dickersonの自宅の番号で、彼は俺たち全員に対してとてもムカついていた。

つまり、あの「777-9311」の印象的なLinn LM-1(ドラムマシン)のドラムのパターンは、プリンスが打ち込んだものではなく、The TimeのドラマーのJellybean Johnsonが打ち込んだものでもなく、70年代から活躍するファンク・バンド、Tower of PowerのドラマーのDavid Garibaldiが作った“ストックのドラムビート”だったという証言です。

“ストックのドラムビート(Stock Drum Beat)”というのが何を意味するのか、おそらくは「楽器を購入した時から入っていたプリセットのリズムパターン」ということだろうと思います。でも、世界で500台程度しか製造されていない1980年発売のドラムマシンに、一体どんな形で「プリセット」のリズムパターンが入っていたのか、そもそもプリセットのリズムパターンが入っていたのかどうかすら情報が無く、David Garibaldiがプリセット制作に関わっていたという情報も見つからず、彼とRoger Linn(LM-1の開発者)の接点もわかりません。David Garibaldiが個人的にリズムパターンを記録していたLM-1がプリンスの元に渡った、という線も可能性としては有り得なくは無いと思いますが(プリンスは6、7台のLM-1を所有していたそうです)、どうなんでしょう? 当然自分は実機を持ってないですし、世代的にも違いますし、いまいち感覚がつかめません。

プリンスは、シンセサイザーに関しては内蔵プリセット音をそのまま使うことで有名で、サンプラーに関してもサンプラー付属のライブラリー音をそのまま使っている例がいくつもあり、個人的に「プリンスがドラムマシンのプリセットのリズムを使っていた」ということに対する意外性はさほど大きくなかったのですが、よりによって「777-9311」が、というのには驚きました。

David Garibaldiの名前が出てきたのにも驚きました。正確には、80%は驚いて20%は納得した、くらいの割合でしょうか。自分はプリンスのドラムにはDavid Garibaldiの影響が大きいんじゃないかと感じていたので、パズルのピースが揃ったような感覚もあります。でも、いくら影響を受けていたり大好きだったりするからといって、その人が作ったドラムのパターンをそのまま曲に使うかどうかは別ですし、そもそも、その人が作ったドラムのパターンがドラムマシンに最初から入っているという状況(1982年に!)が相当にレアです。

80年代後期にプリンスのレコーディング・エンジニアを務めたChuck Zwickyも、プリンスのドラムからDavid Garibaldiを感じていたようで、インタビューで下のように語っています。

彼がドラムの前に座る時、彼にはDavid Garibaldi(Tower of Power)の音が聞こえている。彼がギターを演奏する時は、James Brownのバンドのギタリスト(Jimmy NolenとCatfish Collins)のことを考えている。(略)ベースを演奏する時はLarry Graham(Sly and the Family Stone)のように考えている。彼がキーボードの前にいる時は、ホーン・セクションのことを考えているか、Gary Numanのように考えている。ボーカルに関しては、ものすごい数の影響があるよ。

The TimeのボーカルのMorris Dayはもともとドラマーで、彼がプリンスの学生時代のバンド、Grand Centralにドラマーとして加入するきっかけとなったオーディションで演奏したのが、Morris Dayの大好きなTower of Powerの曲「What is Hip?」だったそうです。

The Timeは「777-9311」のほかにもDavid Garibaldiの要素を直接的に盛り込んだ曲を発表しています。1990年の『Graffiti Bridge』収録の「Release It」で、Tower of Power「Squib Cakes」の曲冒頭の有名なドラムブレイクをそのままサンプリングして使っています。

プリンスが「Morris Dayが率いるクールなファンク・バンド」というコンセプトで曲を作る上で、Morris Dayの大好きなDavid Garibaldiのイメージを曲の中に最大限に反映させようとした結果が、David Garibaldiが作ったプリセットを使った「777-9311」や、David Garibaldiのドラムをサンプリングした「Release It」だった、ということなのかもしれません。どちらも最高な曲です。

追記(2023/06/12)

Reverbという機材情報の音楽サイトで、この件を当事者達に取材した記事が掲載されていました。凄い! https://reverb.com/news/the-secret-origin-of-princes-most-famous-drum-machine-beat

取材に対して当のDavid Garibaldiは、Roger Linnのためにビートをプログラミングした覚えは無いと言っており、一方のRoger Linnも「Dave Garibaldiを尊敬しているからこそ、セッションをしていたなら覚えているはず」と、プログラムを依頼した記憶が無い、とDavid Garibaldiの関与を否定。

結論を書くと、LM-1に付属されたプログラム・ディスクの中にデモのシーケンスが入っていて、そこにDavid Garibaldiのドラミングから「インスピレーションを受けた」ようなパターンがあったようです。その内容がソノシートになっていて、YouTubeで聞くことができます。

他にも元記事には面白い逸話がいろいろと書かれているので、ぜひDeepL(https://www.deepl.com/ja/translator)で翻訳しながら読んでみてください。https://reverb.com/news/the-secret-origin-of-princes-most-famous-drum-machine-beat

マイケル・ジャクソン「Bad」のプリンス録音バージョンが存在する(かもしれない)

マイケル・ジャクソンがアルバム『Bad』のタイトル曲「Bad」を作るにあたって、この曲をプリンスとのデュエットにしようと話を持ちかけたが断わられた、という逸話は、マイケルとプリンス双方のファンの間ではそこそこ知られたエピソードだと思います。日本のWikipediaにも載ってました。

元々はプリンスとのデュエット曲として制作されていたがプリンスが「僕が参加しなくてもこの曲は売れるよ」と言ったことからデュエットは中止に。

『Bad』をプロデュースしたクインシー・ジョーンズもこの話を認めていて、マイケルの家にプリンスを招待して、話し合いの席が持たれたそうです。1997年のプリンスのインタビューでは、曲冒頭の歌詞「Your butt is mine」の部分が問題だったと、それをマイケルに向かって歌うのも嫌だし、マイケルから歌われるのも嫌だと、冗談めかした雰囲気で断った理由を明かしていました。

プリンスは「Bad」でのデュエットを断った代わりに、アルバム『Bad』のために未発表曲「Wouldn’t You Love To Love Me?」の提供を提案しましたが、マイケルはこれを採用しなかった、というところまでが「Bad」にまつわって今まで知られていた話です。

そこに、最近になって新しい話が出てきました。

2016年7月に公開されたEarwolfというサイトが提供するポッドキャスト番組「Love City with Toure」の中で、プリンスの80年代中期の恋人で、当時のプリンスの作品に様々な形で関わっている女性、Susannah Melvoinが、プリンスが「Bad」をレコーディングしたと証言しています。

マイケルが「I’m Bad」と歌ったとき、マイケルはリリース前にプリンスにトラックを送ってきました。マイケルはプリンスに一緒に歌うよう望みました。プリンスはマイケルが(自分のことを)「I’m Bad」と呼ぶような度胸があることを信じられませんでした。プリンスは「彼(マイケル)は全然Badassじゃないだろ」という感じでした。彼はマイケルにお仕置きを与えずにはいられませんでした。

彼はマイケルと一緒に歌うつもりが無いだけではありませんでした。彼はスタジオに入って、彼が(この曲を)どのようにするべきか、思ったとおりの内容に再レコーディングして、マイケルに送り返しました。「歌わない。ついでに、この曲はこのようにするべきだ」という感じです。これでこの話は終わりでした。でも、これがプリンスのやり方なんです。

本当ならすごい話です。プリンスが「こうあるべき」と考えた「Bad」。プリンスの保管室(The Vault)の中に録音は残っているのか、マイケルの側には残っているのか。

今のところ再録音の証言がSusannah Melvoinからしか出てきていないので、プリンスが「Wouldn’t You Love To Love Me?」を提供したことを彼女が混同している可能性を捨てきれないのですが、プリンスが亡くなって以降、様々な方面から様々な情報が出てきて、無いとされていたものが有ったり、そうとされていたものがそうではなかったり、定説とされていたものが日々コロコロとひっくり返っているので、この「Bad」の話も、ワクワクする話のひとつとして心に留め置きつつ、粛々と保管庫の調査の進展を待ちたいと思います。

プリンスが初めて『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』を聴いた時の反応

80年代のプリンスを支えたバンド、The Revolution(現在再結成してツアー中)のメンバーへのインタビューの中で興味深い内容が語られています。Billboardのサイトに2016年12月に掲載されたインタビューです。

インタビュアー: 『Purple Rain』以降はサイケデリックな方向に音楽が向かいましたが、それはあなた達からの影響なのですか?

Bobby Z.: Matt(Fink)と私が『Sgt. Pepper』を聴かせるまで彼はThe Beatlesをしっかり聴いたことが無かった。だから答えは、そのとおり。そしてWendyとLisaがジャズの領域に彼を導いた。

Bobby Z.とMatt Finkに『Sgt. Pepper』を聴かされるまでプリンスはThe Beatlesをしっかり聴いたことがなかった、という証言です。この点について、『Sgt. Pepper』のリリース50周年記念に合わせて、オルタナティブ系ロックの情報サイトDiffuser.fmが、Bobby Z.とMatt Finkに突っ込んだ質問をして、「
When Prince Heard the Beatles’ ‘Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band’ for the First Time」という記事にしています。

インタビュアー: あなた達のBillboardでのインタビューを読みましたが、ひとつ非常に目を引く内容がありました。あなた達が『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』を聴かせるまでプリンスはThe Beatlesをしっかり聴いたことがなかった(という内容でした)。彼の反応はどうでしたか?あのレコードを初めて聴いた時のことを私はもう一度想像することすらできません。

Bobby Z.: ああ、とてもおもしろい話なんだ。というのも、Matt FinkとDez Dickersonと私はツアーバスの後部に座りながら、『Sgt. Pepper』の全曲を聴いていたんだけど、「A Day in the Life」の前の曲、「Good Morning Good Morning」の動物のノイズの時なんだ。(Bobby Z.がコーラスとノイズを歌う) 様々な種類の動物のノイズや鼻を鳴らす音やなんかが鳴っている。そこに彼が入ってきた。

Matt “Dr.” Fink:(笑い)そうだ。

Bobby Z.: 彼が「これは何だ?」と言ったので、私達は「『Sgt. Pepper』だよ」と答えた。すると彼は「ビートルズ、えっ? 本当に?(The Beatles. Ehhh? Really?)」 ちょうどそんな様子だった。彼が入ってきたので、私達は「だめ、だめ、だめ、だめ、この曲じゃダメだ、最初から聴き直そう」という感じだった。そして、言うまでもなく、彼は忍耐強くなかった。でも、彼は戻ってきて曲を聴いて、もっと良い曲だと気付いたのだろうと思う。そんなに良くはないが、「Good Morning Good Morning」は素晴らしいアルバムの中の変わった曲だからね。

でもその瞬間に、彼はビートルズは彼が思っていた以上のものだと気付いたんだと思う。彼はまさにそれらを飲み込んだようなものだった。『Around the World in a Day』を聴けばわかる。もっと推測すると、彼は腹を立てたのかもしれない。『Magical Mystery Tour』と『Sgt. Pepper』を飲み込んだことが絶対に『Around the World in a Day』に影響を与えていると推測してるよ。

「忍耐強くなかった」ということは「Good Morning Good Morning」の一部だけを聴いてバスから出ていってしまったということなんでしょうか。

インタビューでは時系列的なことが語られていませんが、Matt FinkとDez DickersonとBobby Z.の3人がツアーバスに一緒に乗っているということは、3人がプリンスのバンドに入った1979年頃から、Dez Dickersonが脱退する1983年の『1999』ツアー終了までの間の出来事だと思われます。

へー、そうなのか、面白い話だな、と思いましたが、この話は「しっかり聴いたことがなかった」の「しっかり」の部分が肝なのかな、という気がします。

というのも、2014年にWaxpoeticsのサイトに掲載された、The Revolution結成以前から1981年までプリンスのバンドのベーシストを務めていたAndre Cymoneへのインタビューの中で、ビートルズとプリンスの接点について語られています。

グループ(Grand Central:デビュー前にプリンスが組んでいたバンド)ではThe Beatles や The Association について語っていた。大好きな曲が1曲あって、よくそれを仲間に演奏させようとしていた。彼らはこういった曲を演奏したがらなかったんだ。PrinceとCharlesはJimi Hendrixに夢中だった。私は彼らがサイケデリックな曲やThe Beatles、The Associationを好きになるように仕向けていた。私はJoan Baezの「Diamonds and Rust」が大好きだった。私はグループ内の変わり者だったんだ。

Andre Cymoneは少年時代からのプリンスの親友で、一時は、家庭環境が複雑だったプリンスがAndre Cymoneの家に転がり込む形で同居し、親友であると同時に家族や兄弟のようにプリンスと関わっていた人物です。

少年時代のプリンスにビートルズやサイケデリック・ロックを聴かせて洗脳しようとしたAndre Cymoneの試みは、当時はうまくいかなかったものの、その時に撒かれた種が後にツアーバスの中で「Good Morning Good Morning」を聴いたことをきっかけに芽を出した、ということなのかな、と自分は解釈しました。いずれにせよ、プリンス本人のコメントが無い限りは何も断言できないタイプの話なので、あらためてプリンスの早すぎる旅立ちを悲しく思う毎日です。

『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』とプリンスの接点という点でついでに書いておくと、2002年発表のライブ盤『One Nite Alone… Live!』に付属のブックレットの中に、WNPGという架空のラジオ局のプレイリストという形で60曲程のリストが載っていて、そこに「A Day In The Life」があげられています。