『Purple Rain Deluxe』を聴きました

とにかく未発表曲や未発表バージョンが11曲入ったディスク2「From The Vault & Previously Unreleased」。これです。

なかでも10曲目の「We Can Fuck」が圧巻です。個人的には今回の4枚のディスクの中にこれ1曲しか入って無かったとしても許せるくらいに震えました。1990年リリースのアルバム『Graffiti Bridge』(以下『GB』と略)に入っている「We Can Funk」の原型的なバージョンで、『GB』版はGeorge Clinton率いるP-Funk軍団とのコラボレーションでしたが、今回収録のものはプリンスがほぼすべての楽器を演奏していて、よりシンプルで生々しいバージョンになっています(ちなみに昔からブートで広く流通しているのは、86年録音の別バージョンです)。

ドラムマシン導入以前を思わせるプリンスらしいドタバタした生ドラムのビートが素晴らしくファンキーて、そこに逆再生エフェクトをバシバシに効かせたプリンスのボーカルが、時に静かに、時に激しく、時に囁くように、時にめちゃくちゃ激しく、様々なスタイルで歌います。このバージョンは10分18秒もあって、基本的には最初から最後まで同じ2小節のリフ(ギター?ウード?)が延々と繰り返され続けるファンクなんですが、曲の緩急のつき方がドラマティックで、飽きる瞬間がまったく無く、毎回聴き始めてから気付くとすぐに10分18秒が経過しています。

今回の83年録音のFuck版と90年再録音の『GB』版を比較しながら聴くと面白くて、『GB』版のバックトラックは分厚いサウンドに新しく作り直されているのですが、ボーカルに関しては、Fuck版の録音素材が『GB』版に多く流用されています(たぶん)。そういった流用の部分もあれば、歌詞も含めてカットされているパートがあったり、シンセのフレーズやコーラスの和音が新しく変わっていたり、両者を比較することでプリンスが何を目指して再録音したのかが見えてくるように感じられます。

例えば、『GB』版にはP-Funk勢が歌詞やメロディーを追加していて(I’m testing positive for the funk~ のくだりなど)、Fuck版と並べることでP-Funk勢がどこに何を入れて何を歌ったのかが明確になっています。プリンスは再録音にあたってタイトルや歌詞の中のFuckをFunkに変えるなどして表現を丸めているのですが、そこにP-Funk軍団がPeeがどうしたこうしたという歌を追加することで、別の方向に表現を尖らせていて、あらためてGeorge Clintonの凄味というか狂気というかを再確認することもできました。90年前後頃、プリンスは保管庫の中の古い未発表曲のマルチテープを毎日何曲も取り出してきては、自分が聴くためにミックスし直したりサンプリングして新曲に使ったりする作業にハマっていたそうで、『GB』版「We Can Funk」もそういった作業の延長線上に生まれたのだろうと思いました。

また、Fuck版のラスト4分は『GB』版や86年録音版には無い独自の展開になっていて、この部分については、ここに言葉を書き連ねて野暮に表現するよりも、実際に聴いてもらいたいですね。

「We Can Fuck」が録音されたのは1983年12月31日。映画『パープル・レイン』の撮影が全部終わったのがクリスマス頃で、その数日後です。前日の12月30日には「Erotic City」と「She’s Always In My Hair」を録音しているそうで、なんと神がかった2日間でしょう。

『Purple Rain Deluxe』、もちろん「We Can Fuck」に限らず、全ディスクの全収録曲が最高なので、是非聴いてみて下さい。

The Time 「777-9311」のドラムパターンはドラムマシンのプリセットだったらしい(追記あり)

1982年発表のThe Timeのセカンド・アルバム『What Time Is It?』に収録されている「777-9311」について、The Timeのギタリスト、Jesse Johnson(現在はD’Angeloのバンドに参加)がFacebookで衝撃の事実を明かしていたことを最近知りました。2014年3月の投稿です。

The Time の「777-9311」はプリンスのLinn LM-1(5,500ドルのドラムマシンで、これはThe Timeの持ち物じゃない)の中に入っていたストックのドラムビートだ。

このビートはDavid GaribaldiがRoger LinnのためにLinn LM-1の中にプログラムしたものだ。

電話番号はDez Dickersonの自宅の番号で、彼は俺たち全員に対してとてもムカついていた。

つまり、あの「777-9311」の印象的なLinn LM-1(ドラムマシン)のドラムのパターンは、プリンスが打ち込んだものではなく、The TimeのドラマーのJellybean Johnsonが打ち込んだものでもなく、70年代から活躍するファンク・バンド、Tower of PowerのドラマーのDavid Garibaldiが作った“ストックのドラムビート”だったという証言です。

“ストックのドラムビート(Stock Drum Beat)”というのが何を意味するのか、おそらくは「楽器を購入した時から入っていたプリセットのリズムパターン」ということだろうと思います。でも、世界で500台程度しか製造されていない1980年発売のドラムマシンに、一体どんな形で「プリセット」のリズムパターンが入っていたのか、そもそもプリセットのリズムパターンが入っていたのかどうかすら情報が無く、David Garibaldiがプリセット制作に関わっていたという情報も見つからず、彼とRoger Linn(LM-1の開発者)の接点もわかりません。David Garibaldiが個人的にリズムパターンを記録していたLM-1がプリンスの元に渡った、という線も可能性としては有り得なくは無いと思いますが(プリンスは6、7台のLM-1を所有していたそうです)、どうなんでしょう? 当然自分は実機を持ってないですし、世代的にも違いますし、いまいち感覚がつかめません。

プリンスは、シンセサイザーに関しては内蔵プリセット音をそのまま使うことで有名で、サンプラーに関してもサンプラー付属のライブラリー音をそのまま使っている例がいくつもあり、個人的に「プリンスがドラムマシンのプリセットのリズムを使っていた」ということに対する意外性はさほど大きくなかったのですが、よりによって「777-9311」が、というのには驚きました。

David Garibaldiの名前が出てきたのにも驚きました。正確には、80%は驚いて20%は納得した、くらいの割合でしょうか。自分はプリンスのドラムにはDavid Garibaldiの影響が大きいんじゃないかと感じていたので、パズルのピースが揃ったような感覚もあります。でも、いくら影響を受けていたり大好きだったりするからといって、その人が作ったドラムのパターンをそのまま曲に使うかどうかは別ですし、そもそも、その人が作ったドラムのパターンがドラムマシンに最初から入っているという状況(1982年に!)が相当にレアです。

80年代後期にプリンスのレコーディング・エンジニアを務めたChuck Zwickyも、プリンスのドラムからDavid Garibaldiを感じていたようで、インタビューで下のように語っています。

彼がドラムの前に座る時、彼にはDavid Garibaldi(Tower of Power)の音が聞こえている。彼がギターを演奏する時は、James Brownのバンドのギタリスト(Jimmy NolenとCatfish Collins)のことを考えている。(略)ベースを演奏する時はLarry Graham(Sly and the Family Stone)のように考えている。彼がキーボードの前にいる時は、ホーン・セクションのことを考えているか、Gary Numanのように考えている。ボーカルに関しては、ものすごい数の影響があるよ。

The TimeのボーカルのMorris Dayはもともとドラマーで、彼がプリンスの学生時代のバンド、Grand Centralにドラマーとして加入するきっかけとなったオーディションで演奏したのが、Morris Dayの大好きなTower of Powerの曲「What is Hip?」だったそうです。

The Timeは「777-9311」のほかにもDavid Garibaldiの要素を直接的に盛り込んだ曲を発表しています。1990年の『Graffiti Bridge』収録の「Release It」で、Tower of Power「Squib Cakes」の曲冒頭の有名なドラムブレイクをそのままサンプリングして使っています。

プリンスが「Morris Dayが率いるクールなファンク・バンド」というコンセプトで曲を作る上で、Morris Dayの大好きなDavid Garibaldiのイメージを曲の中に最大限に反映させようとした結果が、David Garibaldiが作ったプリセットを使った「777-9311」や、David Garibaldiのドラムをサンプリングした「Release It」だった、ということなのかもしれません。どちらも最高な曲です。

追記(2023/06/12)

Reverbという機材情報の音楽サイトで、この件を当事者達に取材した記事が掲載されていました。凄い! https://reverb.com/news/the-secret-origin-of-princes-most-famous-drum-machine-beat

取材に対して当のDavid Garibaldiは、Roger Linnのためにビートをプログラミングした覚えは無いと言っており、一方のRoger Linnも「Dave Garibaldiを尊敬しているからこそ、セッションをしていたなら覚えているはず」と、プログラムを依頼した記憶が無い、とDavid Garibaldiの関与を否定。

結論を書くと、LM-1に付属されたプログラム・ディスクの中にデモのシーケンスが入っていて、そこにDavid Garibaldiのドラミングから「インスピレーションを受けた」ようなパターンがあったようです。その内容がソノシートになっていて、YouTubeで聞くことができます。

他にも元記事には面白い逸話がいろいろと書かれているので、ぜひDeepL(https://www.deepl.com/ja/translator)で翻訳しながら読んでみてください。https://reverb.com/news/the-secret-origin-of-princes-most-famous-drum-machine-beat

マイケル・ジャクソン「Bad」のプリンス録音バージョンが存在する(かもしれない)

マイケル・ジャクソンがアルバム『Bad』のタイトル曲「Bad」を作るにあたって、この曲をプリンスとのデュエットにしようと話を持ちかけたが断わられた、という逸話は、マイケルとプリンス双方のファンの間ではそこそこ知られたエピソードだと思います。日本のWikipediaにも載ってました。

元々はプリンスとのデュエット曲として制作されていたがプリンスが「僕が参加しなくてもこの曲は売れるよ」と言ったことからデュエットは中止に。

『Bad』をプロデュースしたクインシー・ジョーンズもこの話を認めていて、マイケルの家にプリンスを招待して、話し合いの席が持たれたそうです。1997年のプリンスのインタビューでは、曲冒頭の歌詞「Your butt is mine」の部分が問題だったと、それをマイケルに向かって歌うのも嫌だし、マイケルから歌われるのも嫌だと、冗談めかした雰囲気で断った理由を明かしていました。

プリンスは「Bad」でのデュエットを断った代わりに、アルバム『Bad』のために未発表曲「Wouldn’t You Love To Love Me?」の提供を提案しましたが、マイケルはこれを採用しなかった、というところまでが「Bad」にまつわって今まで知られていた話です。

そこに、最近になって新しい話が出てきました。

2016年7月に公開されたEarwolfというサイトが提供するポッドキャスト番組「Love City with Toure」の中で、プリンスの80年代中期の恋人で、当時のプリンスの作品に様々な形で関わっている女性、Susannah Melvoinが、プリンスが「Bad」をレコーディングしたと証言しています。

マイケルが「I’m Bad」と歌ったとき、マイケルはリリース前にプリンスにトラックを送ってきました。マイケルはプリンスに一緒に歌うよう望みました。プリンスはマイケルが(自分のことを)「I’m Bad」と呼ぶような度胸があることを信じられませんでした。プリンスは「彼(マイケル)は全然Badassじゃないだろ」という感じでした。彼はマイケルにお仕置きを与えずにはいられませんでした。

彼はマイケルと一緒に歌うつもりが無いだけではありませんでした。彼はスタジオに入って、彼が(この曲を)どのようにするべきか、思ったとおりの内容に再レコーディングして、マイケルに送り返しました。「歌わない。ついでに、この曲はこのようにするべきだ」という感じです。これでこの話は終わりでした。でも、これがプリンスのやり方なんです。

本当ならすごい話です。プリンスが「こうあるべき」と考えた「Bad」。プリンスの保管室(The Vault)の中に録音は残っているのか、マイケルの側には残っているのか。

今のところ再録音の証言がSusannah Melvoinからしか出てきていないので、プリンスが「Wouldn’t You Love To Love Me?」を提供したことを彼女が混同している可能性を捨てきれないのですが、プリンスが亡くなって以降、様々な方面から様々な情報が出てきて、無いとされていたものが有ったり、そうとされていたものがそうではなかったり、定説とされていたものが日々コロコロとひっくり返っているので、この「Bad」の話も、ワクワクする話のひとつとして心に留め置きつつ、粛々と保管庫の調査の進展を待ちたいと思います。